業務停止の介護老健施設、借金と内紛の果てに閉鎖
審査も指導も大甘…補助金5億ムダ、再生可能性低く
介護老人保健施設として、全国で初めて介護保険法に基づく業務停止命令を受けた「すずしろの郷(さと)」(東京都練馬区)が来月1日、閉鎖される。
都は経営主体の医療法人「杏稜(きょうりょう)会」についても、近く設立認可を取り消す。介護保険の導入で、経営体力も経験もない事業者が参入し、行政側もそれに目をつぶってきたという問題が背景にある。(社会部・中村剛、田中健一郎、社会保障部・安田武晴)
〈「何だ、これは?」。出勤すると、職員食堂に紙が張り出されていた。理事長が、事務長ら4人を解雇したという内容だ。4人はこの日から姿を消した〉
理事同士の反目が表面化したのは、「すずしろの郷」が開設されてまだ4か月後の2000年5月。当時の職員のメモには、理由も示されないままの解雇騒ぎに、職場に動揺が広がった様子がつづられている。
「杏稜会」は「すずしろの郷」を経営するために1998年2月に設立された。関係者によると、土地を持っていた地元の農家が、「介護保険制度で毎月、理事報酬や地代が入る」と知人から持ちかけられたのが始まりだったという。
ところが、登記簿によると、土地は法人設立時には借金4億円の担保に差し出されていた。杏稜会は土地を買い取らざるを得なくなったうえ、施設建設のために「社会福祉・医療事業団」(現・独立行政法人「福祉医療機構」)などから計12億円の借り入れをした。
スタート時から金利負担が経営を圧迫。施設の開設許可は都から下りたものの、トラブルの種が、経営陣の深刻な対立を生むまでに時間はかからなかった。
異業種参入続々 施設数10年で3倍
介護保険が導入された00年4月当時は施設が足りず、行政は「負担あってサービスなし」との批判を懸念し、施設や法人の審査は甘くなりがちだった。
老人保健施設は95年に全国で1195か所だったが、昨年は3278か所と、10年間で3倍近くに増えた。異業種からの参入も相次ぎ、中には不適格業者も交じっていたが、その典型が「すずしろの郷」だった。
〈「施設の混乱に対し、都から指導できないのですか?」「都は医療法人にはできますが、現場への指導は練馬区の役割です」〉
職員のメモには、都や区に対し異常な実態を再三訴えた記録がある。都などが、形ばかりの改善指導を繰り返すうちに内紛はエスカレートした。
本来、置かなければならない常勤の医師がいないため、入居者の健康管理はおろそかになり、約1か月で10人が入院。皮膚病が発生したこともあった。負担が重くなったことに嫌気がさした看護師8人が次々に退職した。経営の逼迫(ひっぱく)で給食業者への支払いは遅れ、債権者を名乗る暴力団関係者とみられる人物も出入りするようになった。
今年4月に施行された改正介護保険法では、介護老人保健施設に対し、改善命令や業務停止に至らなくても改善を勧告できるようになり、行政がきめ細かな対応をできるようになった。
都福祉保健局では法改正直後に「すずしろの郷」への改善勧告を検討したが、結局、8月中旬まで見送られた。幹部は「月額3000万円近い介護報酬があり、何とか持ち直してほしいという期待があった」と打ち明ける。ところが、その介護報酬は、勧告を見送った直後に債権者から差し押さえられ、都の甘い期待はあっさりついえた。
すずしろの郷の土地・建物は、すでに競売開始が決定。申し立てた福祉医療機構は、新たな経営母体による施設再建を前提に、競売参加者を社会福祉法人や医療法人に限定するよう東京地裁に上申書を出したが、聞き入れられなかったという。
施設建設には都などの補助金約5億4000万円もつぎ込まれているが、戻ってくる見込みは薄い。老健施設として再生される可能性も限りなくゼロに近い、と都はみている。
情報開示不十分…移転先、自治体責任で
介護老人保健施設を巡っては、京都府の医療法人が運営していた2施設が虚偽の勤務表を提出したり、介護報酬約2億9000万円を不正受給したりしたことがわかり、府は今年3月、開設許可を取り消した。
しかし、この施設の運営は入居者や職員ごと別の医療法人に引き継がれ、再建されている。「すずしろの郷」のように施設自体が実質的に閉鎖させられるのは、介護保険法改正前を含めても極めて珍しい。
都福祉保健局によると、入居者72人の受け入れ先は決まったものの、リハビリの設備がない特別養護老人ホームを割り振られた人もいる。家族からは「代わりの施設には『3か月で出て』と言われた」といった不安も漏れる。また、通所リハビリの登録者109人については、ケアマネジャーが受け皿探しに奔走しているが、全員に代替施設が行き渡る見通しは立っていない。
入居者や利用者の立場で介護施設の経営実態をチェックすることは可能なのか。介護の質については今年4月に情報公表が義務付けられたが、経営面はいまだ不十分。介護保険法などを改正して一律に情報開示を求めることには、施設や自治体の負担が大きくなり過ぎるとして、「現実的でない」とする専門家が多い。
真野俊樹・多摩大医療リスクマネジメントセンター教授は「施設が自主的に公表するのが望ましい。赤字・黒字の状況や職員の離職率を、目指す介護のレベルと連動させて示せれば、信頼も得られる」と提案する。
介護報酬の減額で追い込まれる施設が増えている中で、経営状況を事前につかめれば突然退所を迫られる事態を避けられる。
田中滋・慶応大大学院経営管理研究科教授は「質の悪い施設が淘汰(とうた)されるのは、悪いことではない。ただ、自治体には、施設が閉鎖された際、利用者の行き場を確保する責任がある」と話している。
読売新聞
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