地震のあった日から母は歩けず認知症に…娘は在宅介護を決意
寄り添っていく--女手一つで育ててくれた
家族が寝静まった深夜、母がベッド脇の警報ボタンに触れ、家中にブザーの大きな音が響く。娘が駆けつけると母はつぶやいた。「トイレ」。一晩で8回目。娘は全身の力を振り絞って母を傍らのポータブルトイレに座らせる。互いに眠れない夜が続いた。
中越沖地震の日を境に、柏崎市北半田1の横山ハルさん(87)は自力で歩けなくなった。自室に1人で寝ている時、突き上げる大きな揺れに見舞われ、体が浮きそうになるのをベッドシーツをつかんでこらえた。隣の台所では皿やコップが割れる音。避難したいが、足が動かなくなっていた。駆け付けた次女今井洋子さん(67)の夫勝博さん(69)には「大丈夫だ」と言った。
だが、その晩から「もう死ぬんだから早く救急車を呼んでくれ」と何度もわめき、介護をする洋子さんに当たり散らすようになった。洋子さんや久しぶりに訪れた孫を三女の名で呼ぶようになった。洋子さんは「認知症」と悟った。
「母とどう向き合ったらいいか分からなかった」。洋子さん自身も2年前、直腸がんの手術で「人工肛門」をつけているために力が入らず、母をベッドから1人で持ち上げることが難しい。初めはハルさんを特別養護老人ホームなどの施設に入れることを考えた。
ハルさんの夫は1944年、太平洋戦争でフィリピンに出征し、「娘3人頼む」との手紙を残したまま帰らなかった。終戦後、戦死の通知が届いた時、仏壇の前で泣き崩れた。じっと動かないその背中を5歳だった洋子さんははっきり覚えている。
女手一つで娘たちを育てるため、リンゴ行商、煮干しの卸売り、新聞配達――と何でもこなし、建築や道路工事の現場でも汗を流した。だが娘たちには苦労を口に出さなかった。
「施設に入って知らないうちに母が話も出来ないようになったら寂しくて……」。迷った末、短期入所や通所の施設を利用しながらの在宅介護を決めた。「苦労して育ててもらった母だから。私が最後までみとる」。
短期入所施設へ行く前日昼、ハルさんは腹立たしげにタオルを洋子さんに突きだした。「早く名前を書いてくれんと間に合わん」。地震で変わってしまった母に戸惑いながらも、洋子さんは優しく見守る。「母に寄り添っていきたい。地震でその気持ちが強くなった」。【岡田英】
毎日新聞
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