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介護施設で老いを考えた デイケア/5

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。


2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。


わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。


人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。


そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。


介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。


今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。


◇利用者と職員、心通わせて


今回はデイケア利用者の声と職員の声をそれぞれ聞いてみよう。


宮崎市高岡町の辰元グループのデイケア利用者で、同町浦之名の児玉日出男さん(94)は、木曜と日曜を除く週5日デイケアへ通っている。


「私は白内障のため、目がよく見えません。新聞を読むのも、よだきい。ここでの一番の楽しみは、おしゃべりと風呂の時間です。風呂は毎回入れるからありがたい」


児玉さんによると、調理師の長女と二人暮らしだが、長女が仕事に出かける日中は、デイケアを利用している。自宅にいる週2日は、主に庭いじりをして過ごす。


かつては精米業をしていた。5年前に90歳の妻を病気で亡くした。夕食のおかずは、長女が仕事帰りに買って来るが、自分で作ることもある。毎晩、焼酎のお湯割を1合飲むのが楽しみだ。体も頭もしっかりしており、昨年は長寿者を紹介するラジオ番組に出演した。


「90歳を過ぎると、同年輩の男は珍しくなる。周りが女ばかりになるのが寂しいですね。年をとると、1年がたつのが早いのです。今は体が動くからデイケアにも来られるが、やがて動けなくなったら、ここの介護施設に入所するしかないでしょうね」と話した。


一方、児玉さんたちにサービスを提供する職員の飛田浩邦さん(30)は、介護歴10年になる。高卒後、福祉の専門学校へ2年通い、ここに就職した。隣接する老人病院や老人保健施設を経験した後、デイケア担当になり、4年になる。


「大小便の排せつ処理は、最初は衝撃でしたが、すぐに慣れました。ただし今でも慣れないのは、認知症の人たちとのやりとりです。仕事で手がふさがっている時に、理不尽な要求を耳元でがんがん言われる。相手は病気なのですが、僕も普通の人間なので、頭に血が上ることもあります」


認知症には波があり、穏やかな日と荒れる日の落差が激しい。心が通じたと思い込んでいた相手から「裏切り」の不意打ちを受けた時、飛田さんたち職員は、とまどわざるを得ない。「相手は病気だ。まともな応対は無理なのだ」と割り切れれば、腹を立てないですむのだろう。だが相手を人間として「人情」を交えて接していればこそ、理解できないわがままに怒ったり、情けなくなったり、落胆してしまう。


それでもこの仕事が好きなのは「やはり心が通い合う瞬間が忘れられないからだ」と言う。「入浴介助で、体を洗っている時に『いつもすまんね。ありがとうね』などと声をかけられると、しみじみと生きがいを感じます。さっき、かっとなったことなどは、すぐに忘れてしまうのです」


ただ利用者には、すぐに周囲と打ち解けてデイケアを楽しめる性格の人と、そうでない人がいる。飛田さんの話を続けよう。【大島透】


毎日新聞
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