介護施設で老いを考えた 老人保健施設/3
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
『
◇排せつケア、職員の泣き笑い
介護現場で、職員が最も大変なのは、排せつケアと言われる。しかし介護の専門家、三好春樹氏はこう断言する。「臭さには3日で慣れます」
著書「老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた」(新潮文庫)では、ユーモアを交えてこう書いている。
「たしかに初めてオムツ交換を体験すると、昼食は口に入らないに違いない。しかし、人間というものの適応力はすばらしいもので、本当に3日目には、カレーライスを食べながら『○○さんの便、ちょうどこんなふうだったわよ』なんていってるのである」
自力で排せつできるかどうかは、本人の生きがいに深くかかわる。排せつ欲は、人間の基本的な欲望の一つである。大小便の調整がまったくできなくなれば、オムツをするしかなくなってくる。だが、オムツではなく、パンツで過ごすことで、入所者がどれほど元気になれることか--。
宮崎市高岡町の老人保健施設「信愛ホーム」は、自力排せつを助けるため、入所者の「トイレへの誘導」に力を入れてきた。山本邦子介護主任(57)によれば、パンツの人とオムツの人には明確な線引きはなく、その中間には、さまざまな段階があるという。
入所者80人中、夜間にオムツで過ごす人は32人前後いる。ところが日中は、オムツの人は、わずか4、5人に減る。職員が2時間ごとに「トイレ誘導」を図り、失禁を防いでいるからだ。しかし夜間、入所者の睡眠中まで「トイレ誘導」するのは難しい。このため「失禁が不安で眠れない」と自発的に夜間のみオムツをする人が多いのだ。
使い捨ての紙オムツがどんどん普及する中で、この施設では昔からオムツは「布製」と決めている。「使い捨て」がもたらす環境汚染に抵抗する意味のほか、進化した紙オムツの「不自然さ」への違和感もある。
布製なら湿った時には本人にも分かるが、最新の紙オムツは濡(ぬ)れた時の不快感がない。そのくせ皮膚はムレる。「濡れたかどうかさえ本人に分からない点が不気味です」と山本さんは言う。
施設に100歳近い寝たきりの女性がいた。認知症で、外界への反応がなく、言葉も失っている。だがオムツかぶれがひどくなったため、職員が数人がかりでトイレに連れていった。本人には排せつをする意識がなくても、便器に座れば重力の作用で大便が自然に腸から下へ押し出される。自力で便が出た。
それ以来、毎日トイレに誘導した。ついに日中だけでもオムツが取れた。続いて職員たちを驚喜させることが起きた。この女性が何年ぶりかに笑顔を浮かべたのだ。最も喜んだのは女性の家族だった。「母に人間らしい表情がよみがえりました。ありがとうございました」と頭を下げた。
この事実は介護職員たちを励ました。夜のミーティングで1人が言った。「よし、もう1人、オムツはずしに挑んでみましょう」【大島透】
毎日新聞