介護施設で老いを考えた グループホーム/7

認知症と私たちは、それほど違うのか


これまで宮崎市高岡町のグループホームを訪ねて認知症の高齢者同士の共同生活を見てきた。


認知症の介護が手に負えなくなるのはなぜか。


臨床医の大井玄氏は周囲の人間関係の悪化を挙げている(「『痴呆老人』は何を見ているか」新潮新書)。


記憶障害自体は、認知症の中心症状であり、これは防げない。ところが被害妄想や幻覚、奇声や攻撃的な態度など周囲を困らせる性格の変化は「認知症そのものが原因ではない」と同氏は説く。


それらは不安やいらだちなどが引き起こすもので、周囲のストレスを除けば相当防げるという。大井氏は認知症の高齢者を穏やかにする条件を挙げる。(1)周囲が年長者への敬意を常に示す(2)ゆったりした時間を共有する(3)年長者の認知機能を試さない(4)できる仕事をしてもらう(5)話を通じさせることよりも心を通わせる会話を活用する。


大井氏が言うように、認知症患者と私たちの違いは大きくはないのかもしれない。私たちだって、不安や恐怖のせいで、怒りっぽく、切れやすくなる。物や人に当たる人もいる。会話の時は、話の中身よりも、話相手の好き嫌いに左右されがちだ。つらい現実を前にした時は「甘美な思い出の中に逃げ込む」とまでは言わないが、それを心の支えにはする。「昔は良かった」式の話を繰り返す人もよくいる。


一方、家族による認知症患者の介護には独特の難しさがある。


一般に認知症患者は「初対面の人には愛想がいい」といわれる。笑顔には笑顔で応えてくれる。ところが甘えを許してくれる家族にはつらく当たることが多い。だから事情を知らない周囲からは「なぜ、あんなに善良な親を施設に入れるのか」と家族が責められる。


プロの介護職員なら、取り乱す認知症患者でも冷静に扱える。しかし相手が自分の肉親だったら冷静でいられるだろうか。「これまで描かれた施設の光景ほど在宅介護は甘くはない」という声が聞こえてきそうだ。


しかもグループホームの入所者たちには、選ばれた「エリート」の側面もある。認知症の高齢者同士の穏やかな日々は、際どいバランスの上に築かれている。和を乱す入所者が一人でも出現すれば、入所者全員の生活のリズムが狂い、繊細な秩序は壊れる。「寝たきり」などの要介護度が重い人もここには入れない。


ともあれ、認知症は進んでいく。体は動かせなくなり、最後は植物状態に近づいていく。そうなった時、グループホームの入所者たちは特別養護老人ホームなどへ移っていくのである。(しばらく休載した後、特別養護老人ホーム編のルポを再開します)【大島透】


毎日新聞

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