介護施設で老いを考えた グループホーム/4

話が通じなくても心は通じる仲間


認知症患者の話は意味不明だ。だから入所者同士の会話は全然かみ合わない。しかし入所者同士の人間関係が親密でなごやかなら、それでも施設運営はうまくいく。


宮崎市高岡町のグループホーム「たちばな」の介護主任、長友美紀さん(54)は言う。「大切なのは、会話の中身ではなく、会話を交わす時の雰囲気が親密かどうかです。私たちが会話相手と『心が通じた』と感じるのは、会話相手の笑顔に多くを負っています。親密さの方が重要で、意見が一致したかどうかは二の次です」


9人の入所者は毎日、午前8時の朝食時に食堂兼リビングルームに集まり、雑談やゲームをして過ごす。午後は交代で風呂に入り、午後8時にはそれぞれの個室に戻って寝る。本来は縁のない他人でも、同じ屋根の下で顔を合わせ、なごやかに過ごせば心を許せる関係が育つ。こういう人間関係を介護の現場では「なじみの仲間」と呼ぶ。


食堂のテーブルの窓際には、いつも同じ女性二人が向かい合って座る。一人が何かを質問し、もう一人が答えている。どちらの言葉も私たちには意味不明だ。二人とも直前の記憶が保てない。このため二人の質疑応答は、ビデオテープが再生されるように延々と繰り返されている。しかし二人の間には親密で穏やかな空気が流れている。


記憶力が衰えた認知症の老人は、世界とのつながりが薄れ、「私」という意識のまとまりが解体していく不安といら立ちの中にいる。「目前の人は敵か味方か」と常に厳しく選別する。「だから入所者の主張が意味不明でも、教育的な態度で『間違っていますよ』などと否定するのは禁句です」と長友さんは言う。


論理はなくても感情はあるから、教育熱心な職員は「嫌な人だ」というレッテルを張られる。「入所者が『財布を盗まれた』と騒ぐ時には『そうですか、一緒に探してみましょう』と協力する。そして職員が発見するのではなく、本人に発見させることが大切です」。重要なのは「話が通じる」ことではなく「心を通わせる」ことなのだ。


入居者同士のやりとりを見ながら、自分が外国にいる場面を連想した。言葉が通じなければ相手に好意を伝える方法は笑顔だけだ。笑顔には笑顔が返る。言葉が通じなくても、喜びは相手と共有され「心が通じた」と思う。それとよく似ている。【大島透】


毎日新聞

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