介護施設で老いを考えた グループホーム/3

つらい現実から過去へ逃げ込む


直前の記憶を失った人は、「いま、ここ」という現実世界とのつながりがあやふやになる。すると見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれている孤立感に襲われる。その不安から逃れようと、多くの認知症患者は、昔の甘美な思い出の中に戻っていってしまうという。


宮崎市高岡町のグループホーム「たちばな」の介護主任、長友美紀さん(54)はこう語る。「入所者の多くは、自分が輝いていた時代の世界に戻ってしまいます。『今』がいつの時代になるかは日によって違います。昨日の『今』は自分の娘時代だったのに、今日は子育て時代というふうに。だから私たち介護職員も臨機応変な対応が必要です。一人で数役を演じる演技力がいるのです」


長友さんは「入所者の住む世界」の登場人物の一人になって、ある日は入所者の母親を演じ、ある日は娘を演じている。「昔、学校の先生だった女性は、私を教え子だと思い込み、音楽の授業が突然始まったりします。私が『今日は生徒全員に一緒に歌ってもらいましょうか。では、先生、リードして下さいますか』と呼びかけると、女性は大変喜びます。それでリビングルームに集まった入所者全員が生徒になって合唱するわけです」


8人の入所者は、各自が各自の世界に入っている。だから今起きていることを理解はしていないのだが、一緒に合唱を楽しんでいる。穏やかな時間が流れていく。


施設を学校だと信じている人や、昔働いていた工場だと信じている人もいる。昔、郵便局長だった男性がいた。彼にとって施設は郵便局であり、食堂のテーブルは事務机である。「郵便局長」の部下である介護職員たちは、古い封筒を用意して「局長」にスタンプを押してもらう。「局長」は機嫌のいい日々を送る。


認知症の原因には、アルツハイマー病などの脳組織の変性と、脳卒中などの脳血管障害がある。現代医学では治癒は困難とされる。脳の変性が進むと記憶障害が著しくなり、やがて言葉を失う。脳は体を動かす指示さえできなくなる。こうして物を飲み込む機能が失われ、死に至る。介護の現場にできることは、病状の進行を遅らせる努力だけだ。これは時間との闘いでもある。【大島透】


毎日新聞

If you enjoyed this post, please consider to leave a comment or subscribe to the feed and get future articles delivered to your feed reader.

Comments

コメントはまだありません。

コメントをどうぞ

(必須)

(必須)