京都、滋賀の高齢者介護施設で「ユニットケア」が広がっている。集団介護から個別介護へ。全国的にも注目される取り組みの現状と課題を4回のシリーズで追う。
みんなで一斉に食事、入浴、トイレ、消灯…。お年寄りらは黙って流れに乗る。職員はひたすら忙しそうにバタバタと走り回る。繰り返す単調な日々。「なんで福祉の仕事しようと思ったんやろ。しんどいだけで充実感がない」。当時、多くの職員の間に渦巻いていた思いだ。
京都市山科区の特別養護老人ホーム・ヴィラ山科では、そんな現場の様子を見た事務長の浅井武司さんが2年前、先進的な施設で見学した「ユニットケア」の導入を提案した。
「できるわけがない」。現場主任の岩口美幸さんは反発した1人だった。「ユニットケアは設備が整っていないとできない、という先入観があった」からだ。1999年に建設されたヴィラ山科は「従来型」の施設で、共同居室などのためのスペースはない。
それでも「何かが変わるかもしれない」という期待もあり、取り組み始めた。まず100人の入所者を6つのグループに分けた。重度認知症、比較的自立できる人など介護ニーズに合わせ、15人前後で1ユニットになるよう部屋替えし、担当職員も決めた。
広い廊下を利用して机、いす、食器棚などを置き、生活空間にした。建設当初から、部屋が個室風に仕切られていたのも幸いした。
向き合えば変化が
近くの先行施設で研修し、施設内で遅くまで問題点を話し合った。「ついていけない」と辞める職員もいた。だが、職員が1人ひとりのお年寄りと向き合う時間が増えるにつれ、お年寄りに変化が出てきた。
中度認知症の女性(89)は職員の世話を極端に嫌がっていた。2カ月くらい入浴しないこともあり、1日中オムツだった。それが担当職員が固定され、顔なじみになると、職員の声掛けに反応するようになった。女性がトイレの前を通りかかった時に「行きましょう。すっきりしますよ」と言うと応じてくれ、実に3年ぶりにトイレでの排せつができた。
「トイレには行かないと言われたら、言葉通り受け取ってオムツにしていたけど、本心は違ったのかなと思った。今まで見落としていた1人ひとりの心のサインが見えるようになってきた」とユニットの介護リーダー藤井亜矢子さん。
岩口さんは「ユニットをできるだけ自宅に近い雰囲気に近づけ、お年寄りが思うように生活してもらう中で、表情が生き生きしてきた。介護する私たちも『きのうと違うきょう』に喜びを感じる」と話す。
滋賀県能登川町の能登川園もユニットケアの導入で変わった従来型特養だ。2年前、副施設長の高井時男さんが赴任したのがきっかけ。高井さんは請われて兵庫や大阪など8つの特養を渡り歩き、ユニットケアを導入してきた。
要望を断らぬよう
「ここは正直、評判のいい特養ではなかった。実際来てみると、やっぱり良くなかった」。カーテンもせずにオムツを交換し、大食堂に1時間前から座らせる。トイレの前には行列。入所者からは「職員がこわい」との声さえ聞いた。
「施設や職員の都合で介護が行われていた。まず、お年寄りの要望を断らないようにしようと呼びかけた。お年寄り主導の介護をしよう、と」
お年寄りを4つのユニットに分け、大部屋はついたてなどで仕切った。各ユニットの共同居室をつくるため、職員室や医務室はつぶした。「職員のたまり場はいらない。ユニットで一緒に暮らしてほしい」
入浴は集団から個別に変え、夜でも入れるようにした。外食や旅行にも出掛ける。「奈良の大仏がみたい」「海水浴に行きたい」。全部かなえた。近くの民家を借りて日中を過ごしてもらう「逆デイサービス」も始めた。ユニットでは、調理や洗濯たたみ、大工仕事などお年寄りの役割が生まれた。
「自分たちの居場所が出来ると、お年寄りの目が劇的に輝きだした」。スタッフの1人はうれしそうに話した。
≪ユニットケア≫
介護施設で、入所者を10―15人前後に分け、共同居室(リビングやキッチン)を中心に家庭的な雰囲気で個別ケアを目指す手法。グループホームの発想を取り入れ、1996年に岡山県の施設で初導入された。高齢者の個性や尊厳、自立性を確保するために個室が必要とされる。認知症状の安定や生活能力の維持に効果がみられる。厚生労働省は2003年度からすべての新設特養でユニットケア実施を義務付け、全室個室、ユニット(10人前後)ごとの共同居室整備を進めている。このため、03年度以降の特養を「新型」、それ以前の相部屋中心の特養を「従来型」と呼ぶ。
京都新聞

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