「脳のトレーニング」をうたう書籍やゲームが相次いで発売される中、認知症(痴呆症)高齢者に対する「学習療法」が関心を集めている。京都の施設で検証を進めてきた立命館大のプロジェクトチームは、簡単な計算や音読を続けることで、症状の改善や進行抑制に大きな効果があるとする実証結果をまとめた。ノウハウの普及や制度化が期待されている。
レベルに合わせて
京都市左京区の特別養護・養護老人ホーム「市原寮」。3年前から週3回、午前10時から正午にかけて学習療法を取り入れている。
参加者は30人。大半の人は何らかの認知症の症状がある。1班7-8人で、音読と計算を10分ずつ行い、次の班と替わる。入所者2人に1人の職員やボランティアが付き添う。
「さあ、いきますよ」。職員が声をかける。歌舞伎のせりふを読み上げる人、数え唄をリズムよく発声する人、2ケタの足し算に挑む人…。どのお年寄りも懸命だ。文章や問題は、ぞれぞれのレベルに合わせて選ばれる。
職員が計算問題を採点して「よくできましたね。100点です」と言うと、女性が「今日は早くできたわ」と顔をほころばせた。あちこちで会話が弾む。
学習療法に取り組んで3年目になる古川綾子さん(87)は「毎回待ち遠しくて、部屋から一番乗りでくるんですよ。頭を使うのは気持ちいい」と話す。
前頭葉機能を刺激
スタッフを統括する主任介護士の澤本幸江さんは「皆さん、学習療法を楽しみにしています。全般的に生活態度が意欲的になり、コミュニケーションを取りやすくなりました」と言う。
認知症高齢者に簡単な計算や朗読を続けてもらう「学習療法」の研究は、立命館大をはじめ東北大、東京外大など全国6大学と公文公教育研究所(東京都)が、2001年度から国の助成を受けて共同研究を始めた。立命館大のチームは市原寮など京都市内2施設で実施している。
学習療法に取り組んだ班と取り組まなかった班の比較検証の結果、感情や行動をコントロールする脳の前頭葉機能(FAB)は、取り組まなかった班が半年後に低下したのに対し、取り組んだ班は改善した(平均2点アップ)。物事を把握する認知機能(MMSE)も大きく向上した(平均3点アップ)。
プロジェクトを指導する立命館大の吉田甫教授(教育心理学)の分析によると▽複雑な問題より、簡単な計算や音読の方が前頭葉を刺激しやすい(健常者も同様)▽介護される側は常に受け身の状態だが、学習療法により能動的になる▽学習素材や結果を通して、スタッフが個々の高齢者に向き合って、ほめたり、昔話をするきっかけができ、自然とコミュニケーションがとれる-などが結果に結びついているとみている。
かなりの人手が必要
課題もある。学習療法を成功させるには「スタッフ1対高齢者2の割合」「週3回程度は行う」などが条件で、かなりの人手が必要になる。市原寮では、立命館大や近くの京都産業大の学生が研修を受けてボランティアとして手助けしている。やりたくない人を誘い出したり、個々に適切な教材を選ぶなどもスタッフの技量が問われる。
吉田教授は「認知症に対しては音楽や園芸、動物など多様な療法が行われているが、学習療法はかなり確実な実証データが全国で得られている。東日本を中心に導入する自治体も増えているが、西日本はまだ少ない。認知症ケアの質を高めるためにも、学習療法の正しいノウハウが広がってほしい」と話している。
京都新聞

Comments
コメントはまだありません。
コメントをどうぞ