高齢者自らがニーズの訴えを

80年代から「フェミニズムの旗手」として活躍する社会学者の上野千鶴子さん(東京大大学院教授)の最近の研究テーマは、福祉や介護だ。迫り来る超高齢社会に向け、社会や個人はどうあるべきか。先ごろ京都市内で開かれた講演会(主催・高齢社会をよくする女性の会・京都)や、その後のインタビューから思いを聞いた。2回に分けて紹介する。


なぜ介護なのか。「私自身が年をとり、老いた女性の問題にめぐりあったからですよ」。簡潔明瞭な答えが返ってきた。


「男も女も、できることは全部できる」という米国流のフェミニズムが踏み迷った道に、高齢者が進んではならない-。最新著「老いる準備 介護すること されること」(学陽書房)では、そう警告する。高齢者も若者並みに働ける、役に立つと言い張る発想につながるからだ。


意義有る介護保険


「では、役に立たたない高齢者は生きていてはいけないのか。PPK(ピンピン生きてコロリと死ぬ)運動はたとえ善意からではあっても、一種のファシズムです。女性も高齢者も障害者も、弱くても、体が不自由でも人間らしく生きていける社会を目指したい」


その意味で、2000年度からスタートした介護保険は大きな意義があったという。


「保険料という形で、介護のための財源を確保できたことは本当に良かった。介護は家族だけの責任ではないという国民合意ができ、家に他人が入るということが常識になったという点で、介護保険は家族革命を起こしたと思います」


しかし、改正介護保険法の成立で、今秋から給付を押さえて負担を増やす動きが進む。


「家事援助などを削り、筋力トレーニングとかで『介護を必要としない状態が望ましい』と押しつける内容で、悪い方向に進んでいる。家事は生活自立の基本。その人にとって必要なら、選択を制限すべきではない」


介護側の主張に限界


こうした流れを変えるには「高齢者自らが当事者にならなければいけない」と強調する。介護保険の限界は、介護する側の都合でつくられてきたことにある。政策意図も介護者の負担軽減に置かれてきた。


「高齢者が自分のニーズの主人公になっていない。介護家族の都合で施設に入れられ、施設の都合で食事や入浴をさせられる。その点、自らニーズを主張し、自立を獲得してきた障害者のプロセスに学ぶ必要がある」


「高齢者や障害者などサービスの利用者が連携してユーザーユニオン(組合)をつくり、必要な介護を受ける権利を主張していくことが、次の一歩だと思います。それには、体が不自由でもアクセスできる情報とネットワークが必要になる」


ニューシルバー


希望は持っている。自らも一員の団塊世代(1947年-51年生まれ)を「ニューシルバー」と呼ぶ。データなどから、その特徴として▽気分が若い▽資産がある▽家族よりも自分が大事▽仕事よりも遊び好き-を上げる。


「ニューシルバーは権利意識が強いから、どんどん当事者として声を上げ、社会を変えていく力になると思う。ただ、この世代が高齢者の中心になるのは10年後なんですよ。それまでに地ならししていかないと」


ゆくゆくは「高齢者に限らず、障害者も子育ても社会全体で支える老障幼の統合保険ができればいい」と思い描く。「税金で実現するなら増税も納得できるけど、国民はそこまで政府を信頼していない。無駄な道や橋に使われかねない。保険制度がベターでしょう」


京都新聞
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