(99)「生きたい」を支えたい
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
『
北欧に行くより日本の介護現場を見に行こう、と言って、私が同行するツアーが開催されている。しかし、そんな私が介護職に呼びかけて、海外へ行く計画を立てている。といっても、ヨーロッパの“福祉先進地”へ行くのではない。目的地はインドである。
私は昨年と今年、2年続けてインドに出かけた。友人たちと行く個人的な旅だ。それはショックの連続だった。オールドデリーの街路で、障害のある少年が物ごいにくる。ガンジスの河岸の寝たきりの老人が、そばを通る私に手を差し出す。「ワンルピー」と。1ルピーは約3円だ。
これでいいのか。そう思っていた私は、旅が続くにつれて、これでいいのだと感じ始めた。日本にも、障害者や寝たきり老人はいるけれど、その姿が見えなくなっているだけじゃないのか、と。
私は高校生のときに読んだ『インドで考えたこと』(堀田善衛著、岩波新書)の最後の文章を思い出した。「(略)アジアは、生きたい、生きたい、と叫んでいるのだ。西欧は、死にたくない、死にたくない、と云っている」
日本はいまや、生きられることは当たり前になって、「アジア」から「ヨーロッパ」になった。だから「死にたくない」と言って、筋トレや脳トレが流行している。でも私には「生きたい」というほうが切実で、健全に思えるのだ。できることならその「生きたい」を介護により支援したいものだ。こんな体でも生きていてよかった、と思えるような生活を手づくりすることこそ、介護の神髄なのだから。(三好春樹=「生活とリハビリ研究所」代表)
読売新聞