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(94)「病態失認」 明るさに希望

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。


2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。


わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。


人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。


そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。


介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。


今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。


脳卒中で片方の手足が不自由な本田さん(仮名、74歳女性)が車いすを自分で動かしながらやってくる。「明日買い物に行きたい」と言うのだ。それはいいのだが、「歩いていくのでついてきてくれ」と言うのである。


本田さんは脳卒中で倒れて入院し、リハビリを受けたが歩くことはできなくて特養ホームに入所してきた。もう3年間も車いすで生活している。


「歩いていくのは無理でしょう」と私が言うと、心外だという表情で、「そんなことはない、簡単なもんじゃ」と言う。惚(ぼ)けがあるわけではない。障害を受け入れられなくて心理的に否認する人もいるが、それは発病して間もないころの話である。


「なんなら歩いてみせようか」と本田さんは車いすから立ち上がろうとする。しかし、歩くどころか立っているのも難しく、私はあわてて彼女の体を支える。


「やっぱり無理じゃないですか」と言うと、「今日はちょっと調子が悪い。明日になれば大丈夫」。


これは「病態失認」と呼ばれる症状だ。左片マヒの人の一部に見られ、自分の病気や障害がないかのように感じ、振る舞うもので、脳の特定の部分が傷つくことで起こる。今のところ治す方法はないし、本人を説得しても無駄なことが多い。


困ったなぁ、と思っていたが、ふと気がついた。病態失認があるから本田さんは深刻になるどころかいつも明るく楽天的なのだ。いい方を見ることにしよう。もちろん安全にはちゃんと気を付けて。(三好春樹=「生活とリハビリ研究所」代表)


読売新聞
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