(93)「失認」ケア 介護者は要注意
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
『
脳卒中で片マヒの人を周りの人が認知症だと誤解することがある。特に失認という症状のある人がそう思われることが多いようだ。
失認とは、脳の中の認知中枢が傷つくことによって起こる。例えば視覚認知中枢が傷つくと、目ではちゃんと見ているのに見えていないという不思議な状態になる。
「認知症」というコトバが使われるようになったせいで、「失認」と聞くと「認知症ですか?」と驚く家族が多くなった。だが、脳の特定の部分の傷害による特定の症状で、他の機能に問題はなく、認知症ではない。
でも生活が困難になる点では認知症と同じくらい大変だ。左片マヒの人に出現することのある左空間失認は、左半分の世界が存在しないかのように感じ、振る舞うというもの。食事が終わったころに行ってみると、おかずだけ食べてご飯はそのまま残している。「ご飯は来てません」なんて言うのだ。左側に置かれた主食を認知していないのだ。
マヒは軽くても社会復帰は難しい。なにしろ左側から走ってくる車を無視して道を渡ろうとしてしまうのだから。家族が口を酸っぱくして注意しても効果のないことが多い。症状の自覚がないのだ。
従って安全管理は介護者が責任を持たなければならない。空間失認のない右側に生活用品を並べ、右側から声をかけることも大切である。左空間失認があってもできるだけ不自由のない生活環境を作るためである。(三好春樹=「生活とリハビリ研究所」代表)
読売新聞