(79)医学は治療するよりも…
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
『
秋の夜長に読んでほしい介護の本を紹介しているが、今回の本はその題が刺激的だ。『医者が介護の邪魔をする!』(講談社)というのだから。著者は矢嶋嶺(たかね)先生。病院長を辞めて長野県武石村診療所長となり、現在は診療所とグループハウスの所長だ。
「先生、こんなに言いたいことを書いて大丈夫なんですか」と聞くと「おれは来年で後期高齢者になるから何を言ったっていいんだ」とのことであった。どうやら治療のために使ってきた医学知識を、これからは高齢者の立場を主張するための武器にするつもりらしい。
矢嶋先生自身も、51歳のとき、頸椎(けいつい)、腰椎(ようつい)の手術を2度にわたって受けている。その入院した病院に、往診していた関節リウマチの女性患者が“追っかけ入院”してきたという。いかに頼りにされていたかがわかるエピソードだが、先生は困った。なにしろ病院職員の目を盗んで“診察”に行かねばならない。
病院は関節リウマチのような治らない病気には興味を示さない。それどころか全介助の彼女を嫌がり始めた。彼女はストレスで吐血し、先生は退院を勧めたという。
2か月遅れで先生も退院し、彼女を往診してみるとすっかり元気になっている。「なるほど在宅はいいんだ」と再確認したという。その後、診療所のスタッフと家族は寝たきりの彼女を車いすで大好きなジャイアンツのゲームを見るため、東京ドームまで連れていく。先生は主張する。「これからはキュア(治療)の医学よりケア(介護)の医学だ」と。(三好春樹=「生活とリハビリ研究所」代表)
読売新聞