来月1日、待望の再開「総合在宅ケアセンターとうや」

2002年 07月 19日 (金) | Category : 北海道の介護ニュース

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。

2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。

そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

2000年有珠山噴火で被災した洞爺協会病院(後藤義朗院長)の附属施設「総合在宅ケアセンターとうや」が病院本体に先立ち、虻田町高砂町125に間もなく完成し、8月1日から業務を開始する。職員は仮事務所を伊達市内や虻田町内などに転々と変えながら、在宅支援や訪問介護を継続してきただけに、約2年4カ月ぶりの正常化に喜びもひとしおの表情だ。


同センターは、介護保険制度のスタートに合わせ2000年4月1日から、通所リハビリ事業を開始する計画だったが、その前日に有珠山が噴火。洞爺湖温泉町の施設が使用不可能となったため、仕切り直しとなった。


新病院舎と道路を挟んだ用地に完成した同センターは鉄骨平屋約578平方メートルで、洞爺コスモス訪問看護ステーション、在宅介護支援センターえんじゅ、居宅介護支援事業所えんじゅ、訪問介護(ヘルパーステーション)あじさい、通所リハビリテーションあいりすといった5機能を併せ持ち、要介護者、高齢者、障害者、さらに世話をする家族の在宅生活を支える機能を備えている。


とりわけ通所リハビリテーションは、同病院が伝統的に得意とする分野で、理学療法士、作業療法士による手厚い体制を噴火前のレベルより増強させ、インターネット操作や陶芸作業を取り入れたリハビリプログラム(ディケア)を展開する。


また、施設内には災害時に避難所として転用できる床暖房のある地域交流室「ななかまど」や3日分の食糧などを備蓄するスペースも確保した。移転再開のための事業費約1億3000万円のうち、日本財団から4470万円の支援を受けており、地域の在宅支援拠点として大きな期待を集めている。


27日には関係者による落成式の後、午後1時半から、地域住民を対象とした内覧会を開催。来月1日から、各種事業を開始する。通所利用者は当初1日当たり28人前後のペースとなる見込み。スタッフはパートを含め21人体制で再出発する。また、病院本体は来年4月にオープンする予定で関係者の表情も一段と明るい。


室蘭新聞
現在位置 : Home » 北海道の介護ニュース / 2002年07月 > 記事詳細