介護の男児、容体急変 遺族がコムスンに謝罪求める 千葉市内

2007年 06月 12日 (火) | Category : 千葉県の介護ニュース

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。

2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。

そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

先天性の重い心疾患を抱えた千葉市の自営業、秀島建夫さん(38)の長男健太ちゃん=当時(3つ)=が二○○五年十一月、コムスンの「若葉ケアセンター」(同市若葉区、休止)の居宅介護サービスを受けている最中に容体が急変、死亡していたことが十一日、分かった。


秀島さんは「担当者に当時の状況説明を求めているが、返答がない」と話している。コムスン側は「代理人同士で示談に向け交渉している」としている。


秀島さん側によると、健太ちゃんは○五年八月から、両親が自宅不在の間、身体障害者福祉法(当時)などに基づき、センターの介護サービスを受けるようになった。


センター長の男性が同年十一月十一日に派遣された際、健太ちゃんは大声で泣きだした後、ぐったりした。通院先の病院から帰宅した母親(42)が容体の変化に気付き一一九番したが、健太ちゃんは搬送先で同日、心疾患で死亡した。


秀島さん側は「母親が帰宅する前に容体の変化は分かったはず。ヘルパーの対処が早ければ助かった可能性がある」と主張している。


若葉ケアセンターは昨年四月に休止。事業変更で「ちば東介護タクシーセンター」に衣替えしている。


コムスンは「お客様がケア終了後に亡くなったことは誠に遺憾。心からご冥福をお祈りします。専門家の意見を踏まえた上で引き続き誠心誠意対応して参ります」とコメントした。


千葉日報
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