(35)父に若い女性、不安だが・・・
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
ノバラさん(仮名、52歳)の父親(78歳)は20年前に妻を亡くし、一人で暮らしてきた。一人娘のノバラさんは結婚して隣町に住んでいる。最近、若い女性が父親宅に出入りしていると近所の親類から聞いて、実家を訪ねてみた。確かに派手な女物の衣類や化粧品が置いてある。父親に尋ねると、38歳の女性と付き合っており、結婚するつもりだと言う。「とても優しい人なんだ」とうれしそうだ。
父親は年金暮らしだが、毎月多額の預金をおろして女性に渡しているようだ。ノバラさんが預金通帳を見せてほしいと言うと、父親は「オレの預金をどう使おうと勝手だ」と怒り出した。ノバラさんが「この家に一緒に住むの」と聞くと黙ってうなずいた。結婚するとき家の名義を女性に変える約束をしているらしい。
ノバラさんには、父親の預金と自宅目当てだとしか思えないが、反対すればするほど父親は意地になって結婚するという。預金も自宅も失い、無一文で家を追い出されるのではないかと心配したノバラさんは、父親の再婚をやめさせる方法はないものかと弁護士のところへ相談に訪れた。
弁護士は「財産目当てではないかといくら説得しても、お父さんに判断能力がある以上、結婚するかどうかはお父さんの自由です。お父さんの人生ですから。法的に結婚をやめさせる方法はありませんし、結婚を無効にすることもできません」と言った。「私の反対を押して結婚しても、無一文になったら、私は父を扶養する義務があるのでしょうか」とノバラさん。「お父さんは年金で最低限の生活はできます。それでも足りないとき、あなたのできる範囲で援助すればよいと思いますよ」と弁護士が言うと、ノバラさんは「父も寂しかったのでしょうね」とつぶやいた。(中山 二基子、弁護士)
読売新聞』
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