(28)配偶者の老後守る遺言を
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
ミツバさん(仮名、84歳)は、長女と弁護士を訪ねた。昨年亡くなった夫の遺産の分割をやり直せないか、という相談だ。
ミツバさんには子どもが二人いて、長女は結婚して別に暮らしている。長男一家は10年前に嫁姑(しゅうとめ)のケンカが原因で別居したが、夫が亡くなったとたん戻ってきた。長男は「これから母さんの面倒は僕がみるから、父さんの遺産は全部僕が相続することでいいね」と言った。ミツバさんは昔を思い出して不安だったが、夫の看病で疲れ果て、反対する気力はなかった。長女も了解し、父親の遺産は全部長男が相続するという遺産分割協議ができた。
しかし、半年もたたないうちに嫁姑の争いが再燃した。たまりかねたミツバさんが、「出て行って」と言うと、長男は、「この家は僕が相続したのだから、嫌なら母さんが出て行って」と言う。ミツバさんは泣き泣き長女の元へ身を寄せたが、長女から、「ここにいるなら遺産分割をやり直して。私は遺産をもらっていないので」と言われた。それで相談にきたのだ。弁護士の回答は、「遺産分割協議をやり直すのは無理でしょうね。でも長男は面倒をみると言ったのですから、生活費を請求したらどうでしょう」というものだった。
ミツバさんはこれからの生活を考えて途方にくれた。夫に先立たれた高齢の妻が、遺産分割のとき、自分の権利(法定相続分)を主張するのは意外と難しい。ミツバさんのように子ども、特に長男の言い分に逆らえないことが多いからだ。
こういうとき、夫が妻のために遺言を残していれば、それに基づいて相続の手続きができる。長男が遺留分を請求しても遺産分割の協議をするより楽だ。残された配偶者の生活を考えるなら遺言は欠かせない。(中山 二基子、弁護士)
読売新聞』
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