(18)妻のために遺言を

遺言がないために、相続人が大変苦労をすることがある。蕗(ふき)さん(仮名、78歳)の夫は、1年間の闘病の末、昨年80歳で亡くなった。2人の間には子供がいない。蕗さんは夫が元気なころ、度々、「遺言を書いて」と頼んだが、夫は「僕の兄弟に遺産を欲しがるような欲張りはいない」と取り合わなかった。


夫の看病ですっかり体を壊した蕗さんは、夫の死後、自宅を売って老人ホームへ入ろうと考えた。しかし、夫名義の土地と家を相続するには夫の兄弟との遺産分割協議が必要だ。夫の父母は既に死亡しているので、夫の法定相続人は、妻(相続分4分の3)と夫の兄弟(4分の1)だからだ。


夫は7人兄弟の末っ子だ。兄3人は既に死亡しているので、その子供の甥(おい)や姪(めい)が相続人になる。蕗さんは、夫の生きている兄3人と甥と姪7人の計10人と遺産分割協議をする必要がある。結婚や就職で他県に住んでいる者も多く、連絡をとるのも大変だった。


しかし、困難はそれだけではなかった。夫の長兄は92歳で認知症(痴呆(ちほう))が進み、遺産分割の話し合いができないことが分かった。弁護士に相談すると、家庭裁判所に後見の申し立てをして長兄の後見人を選んでもらい、その後見人と遺産分割協議を行うことになると説明された。蕗さんは手続きの大変さにがく然とし、あらためて妻一人に遺産を相続させる旨の遺言を書いてくれなかった夫を恨めしく思った。


子供のいない夫婦の場合、遺言はより大きな意味をもつ。遺言があれば兄弟姉妹には遺留分がないので、遺言通りに相続される。


自分が亡くなった後、残された配偶者に相続で苦労させてはいけない。遺言を書くことは夫婦の愛情の証しだと思う。(中山 二基子、弁護士)


読売新聞
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