(4)身内でもなれる後見人

2005年 06月 06日 (月) | Category : 転ばぬ先に

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。

2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。

そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

楓(かえで)さん(仮名、72歳)の近所は、60代、70代の一人暮らしや老夫婦だけの世帯が多い。近所の仲間が集まると、「みんなで同じ老人ホームへ入ろう。温泉付きがいいね」などと盛り上がる。だが、まだどこかひとごとだ。


一人暮らしの楓さんが、「今のうちに老人ホームへ入ろうかしら」と言うと、「今からそんなことを考えるなんて心配性ね」と笑われる。でも、楓さんにとって老いはひとごとではない。姉が認知症(痴呆(ちほう))で、楓さんの顔も分からないからだ。


楓さんも、本当は住み慣れたこの町でずっと暮らし続けたい。だが、認知症になると、家を売ったり、希望するホームを探したりすることができなくなる。今のうちにホームに入った方がいいのではないかと悩んでいた。


そんな時、ケアマネジャーが「任意後見制度」のことを教えてくれた。早速、地元の社会福祉協議会の専門相談に出向いたところ、次のことが分かった。


一つ。後見人になるには、特別な資格はいらない。弁護士のような専門家でなくても身内でもよい。

二つ。何を頼むかは任意後見契約で決めておく。この契約は公正証書でする必要がある。

三つ。後見人の仕事は財産管理と生活面の手配で、楓さんが心配する家の売却や老人ホームの入居の手配も頼める。

四つ。後見は、楓さんに認知症が出て、家庭裁判所が後見監督人を選んだ時から始まる。それまでは、財産は自分で管理する。

五つ。後見人に報酬を払う場合は契約で決めておく。実際に払うのは後見が始まってからだ。


楓さんはこの制度を使おうと考えたが、後見人を弁護士に頼むか姪(めい)に頼むかで迷っている。今度は姪と一緒に相談に行くつもりだ。(中山 二基子、弁護士)


読売新聞
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