イギリスのサッチャー元首相が認知症

「鉄の女」と呼ばれたイギリスのサッチャー元首相が認知症を患っていることが、明らかになった。近く長女のキャロルさんが出版する回想録には詳しくその様子が記されているそうだが、夫デニスさんが亡くなったことや自らが指揮したフォークランド紛争の詳細も忘れがちになるほど、記憶力が減退しているのだという。


サッチャー元首相は82歳。それなりに物忘れなどが出てきてもおかしくはない年齢だが、おそらく記憶障害や日付を間違うなどの見当識障害は、年齢から予想できる程度を超えて進行しているのだろう。脳の変性を伴うアルツハイマー型認知障害なのだと思われる。85歳では4人に1人がこの疾患にかかっているとまで言われているから、サッチャー元首相がそのひとりに含まれていても不思議ではない。


アルツハイマー型認知症は脳の障害を伴う「病気」だ。危険因子についてはいくつか有力な説はあるが、「これぞ」という原因についてはまだ明らかにされていない。予防に関しても確証が得られたものはまだない。


では、私たちはひたすら「認知症になりませんように」と祈って待つしかないのかと言えば、それは違う。肥満、高血圧など一般的に「からだに悪い」と言われているようなことは脳にも良いわけはないので、日ごろから気をつける。あまり心配しすぎずに気持ちを前向きに持ち、万が一、兆候が出てきた場合は医療機関を受診する。早く発見できれば、現在では進行を食いとめる薬などもあるし、リハビリや介護の体制も組みやすい。


そして何より大切なのは「認知症になったらすべておしまい」といった社会の考え方を変えることではないか、と私は思う。いつかこの障害を完全に予防、治療できる日もやって来るのかもしれないが、現在のところ、加齢に伴って何割かの確率で必然的に起きる老化の現象のひとつなのだ、と私たちの社会もきちんと受けとめる必要があるだろう。それなのに、膝(ひざ)や腰の痛みは「仕方ないこと」と受け入れられても、「脳の老化」は何としても起きてはならない、と過剰に警戒している人が少なくない。認知症になったあの人は、もう私の知っている父親ではないと診察室で訴える子どももいる。


しかし、それは違う。たとえ今は記憶に障害が出ていたとしても、サッチャー元首相の過去の業績がすべて消えるわけではない。今、“鉄の女”は「あなたがあなたであることには変わりない」とまわりの人に受け入れられているのだろうか。そうあってほしい。


毎日新聞
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