認知症からの回復(4)
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
(4)好きな歌堂々の公演
会話困難な80歳 妻同伴で
80歳の横山茂さんはコンサートで歌い続けている。東京都内で今年4月に開催されたコンサートでは、「満州の丘に立ちて」などのロシア曲や、島崎藤村の「椰子(やし)の実」などを美しい声で歌った。
横山さんは、2000年にアルツハイマー病と診断された。現在は要介護4だ。意味のある会話はできない。トイレや風呂は介助が必要。しかし、しばらく歌っていなかった曲でも、昔のテープを聞くと歌い出す。「脳の中のどこからかよみがえってくるようです」と妻の孝子さんは言う。
公演では孝子さんが寄り添う。時々、歌詞がわからなくなると、孝子さんが歌いながら歌詞を教えた。「まちがえても気にしないで、とお客さんがおっしゃってくださるのに励まされ、続けています」
横山さんは19歳で召集され、シベリアに抑留された。収容所で「椰子の実」を歌って仲間たちを励ましたのが、原点だ。1953年、秋田県で民族歌舞団「わらび座」を旗揚げし、各地を公演。72年に退座した後、神奈川県で薬品店を営みながら老人ホームなどで音楽活動を続けていた。
アルツハイマー病と分かった後、最後のつもりで開いたコンサートのすばらしさが評判になり、口コミで各地に呼ばれている。
大勢の聴衆の前で歌うのはだれにとっても不安なことだ。なぜ、横山さんは歌うことができるのだろうか。
孝子さんが寄り添い、伴奏のピアニストとアコーディオン奏者も昔なじみなのも、安心する一因かもしれない。ミスをとがめる人がいないからかもしれない。
「やはり、歌が好きなんだと思います。昨日のコンサートを、今日は覚えていない。でも、その時の心地よさは分かる。歌がなければ認知症はずっと早く進行していたと思います」と孝子さんは言う。
東京大学名誉教授の大井玄さんは80年代、東京都杉並区、長野県、沖縄県などで、認知症の調査を行った。当時の沖縄では、重度の認知症のお年寄りが堂々と暮らしていた。
東京で重度の知力低下のある人が報酬を伴う仕事をする割合は1割に達しない。ところが、沖縄では約5割の人が働いていた。中重度の女性の多くが家事をこなしていた。沖縄の農村では認知症のお年寄りに妄想などの周辺症状がなかったという別の調査結果も明らかになっている。
かつての沖縄では、高齢者は敬われ、のんびりと仕事を続けていた。周りは顔なじみの人ばかりで、認知症の人をせかしたり、ミスをとがめたりしなかった。
「認知症の周辺症状はストレスに対応できないために起こる。ストレスの少ない社会では、認知症の人も周辺症状のない純粋な認知症として威厳を持って暮らすことができます」と大井さんは話す。
読売新聞』
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