認知症からの回復(2)

2006年 09月 20日 (水) | Category : 認知症

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。

2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。

そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

(2)アルツハイマー“改善”


適切ケアで生活意欲戻る


「自分のことは自分でやります」。鳥取県の山本繁子さん(89、仮名)は笑みを浮かべながら話した。高齢でも元気なおばあちゃん、という印象だ。


山本さんは2001年7月に同県琴浦町の森本外科・脳神経外科医院を受診した。


生活意欲をなくし、家に閉じこもった状態になっていた。掃除、洗濯をしなくなり、目的もなく動き回る。幻覚もあった。


たんすの中身を勝手に入れ替えるので、同居している長女(61)は困惑していた。問いただしても「私はやっていない」と言う。二女の留守宅を訪れ、やかんを火にかけたまま忘れてしまう事件もあった。


2004年8月に認知症で最も多い病気であるアルツハイマー病と診断された。脳の画像検査では、アルツハイマー病の特徴である脳の委縮が認められた。


「認知症老人の日常生活自立度」は「2b」(家庭内で日常生活に支障をきたすような症状や行動、意思疎通の困難が多少あるが、誰かが注意していれば自立できる)。


看護師長の金田弘子さんは「身体の不調、脱水症、閉じこもりといった要素が認知症の症状の原因」と判断した。


同医院や山本さんが通うようになった併設の「デイサービス鈴ヶ野」で実行したのは、身体の不調を治し、生活意欲を引き出すことを目的にしたケアだった。具体的には毎日水分を1500ミリ・リットル取り、脱水症状をなくす。リハビリと趣味のパッチワークに取り組む。


それから2年。山本さんは毎日、自分で粉末を水に溶かしてスポーツ飲料を作り、冷蔵庫に入れておくようになった。できなかった服薬の管理も、自分でしている。若いころにしていた写経にも取り組み始めた。


山本さんは「食事は娘が作ってくれるから、私の仕事はハシを持つだけ」と言って笑い、「やかんをつけっぱなしにして、家を燃やしてしまうところでした。そういうことがずっと続いて、おかしいことだらけでした」と冷静に過去を振り返る。


しっかりした気丈な女性に戻って、周りの状況も認識している。家族は見守りをするだけだ。


国際医療福祉大大学院教授の竹内孝仁(たかひと)さんは「社会生活に支障をきたしているのが認知症。山本さんのように、生活を自立して営むことができる人は認知症が治ったと言っていい」と指摘する。竹内さんは現在、「認知症は治る」と全国の老人施設のケアを指導している。


一般的にはアルツハイマー病は、治らない病気として恐れられている。しかし、症状が良くなるケースはある。山本さんと長女が笑い合う姿に希望が見える。


読売新聞
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