若年性アルツハイマー病(8)
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
闘病21年 支えた夫婦愛
「これを見られるようになったのは、今年に入ってからなんです」
神奈川県相模原市の名取公一さん(75)は、アルバムをめくりながら言った。若年性アルツハイマー病と21年間闘い、2004年、脳梗塞(こうそく)のため80歳で亡くなった妻春子さんが、ほほ笑む姿が写っていた。
仕事熱心な夫と、料理が得意な妻。幸せな家庭は、春子さんが自宅近くで道に迷い、帰れなくなった1983年を境に一変した。
当時、春子さんは59歳。公一さんが帰宅しても「お帰りなさい」とも言わず、リビングでふさぎ込んでいることが増えた。「痴呆(ちほう)(認知症)」と分かったのは1986年。近所を歩き回る徘徊(はいかい)が始まり、目を離せない状態だった。
公一さんは88年、介護のため定年前に会社を退職。迷いはなかった。「仕事一筋でやれたのは女房のおかげ。恩返しがしたい」
魚の焼き方も知らなかった公一さんが、家事に打ち込んだ。「リハビリになれば」と、散歩も欠かさなかった。春子さんの言葉数は急激に減ったが、散歩の途中、思い出したように言うことがあった。
「お父さん、うれしいよ」
固くつないだ二人の手が、前後に大きく振れる。時が止まってほしかった。
だが、アルツハイマー病の症状は、容赦なく牙をむく。ある夜、目覚めると春子さんの顔が真上にあった。「あなた、だれ?」
「だんなさんだよ」との答えに、声を荒らげた。「何言ってんだ、帰れ」
手間暇かけた料理を手で払われたこともある。そんな時、気分転換になったのが、週2回、福祉施設で受けたデイサービスだった。
春子さんは、施設の昼食時に「そうめんしか食べない」とかたくなだった。それも、お気に入りの男性職員と一緒でないと口にしない。職員は、春子さんが慣れるまでの3年間、ずっとそうめんを食べ続けた。
寝たきりになった2000年以降も、介護サービスを利用しながら自宅で介護を続けた。全身が硬直する発作に毎日見舞われた。床ずれ防止のため、1時間おきに体位を替えた。
1日8回、おむつを替えた。体から力が抜けて、表情が和らぐのが分かる。
「気持ちいいかい」「そうか、よかった」
はたから見れば公一さんの独り言だが、夫婦は確かに会話していた。
「女房は生きることで、私に喜びを与えてくれた。本当に感謝しています」
そう語る公一さんは今、福祉ボランティアとして、デイサービスで認知症患者や家族と語り合い、その悩みと向き合っている。
後期(高度)のアルツハイマー病 家族や友人の顔が分からなくなったり、言葉が出なくなったりする。入浴や排せつ、食事など、日常生活のあらゆる面で介助が必要。身体的な衰弱も進み、車いすやベッドでの生活になる。しかし、感情や自尊心は長く保たれると考えられている。
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