若年性アルツハイマー病(3)
わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。
2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。
わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。
人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。
そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。
介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。
今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。
怖かった 友への告白
勤めていたやきとり屋が閉店し、3年前にパートを辞めたころから、東京都の古川よし子さん(58)の物忘れは目立って増えた。
夫の義勝さん(51)は、家事に専念するよし子さんを気遣い、仕事の後、共通の趣味のカラオケに行く約束をした。ところが、待ち合わせ場所に現れない。帰宅すると、家にいた。
「あなたが来なかったから」。全く違う時間に待っていたのだ。そんなことが2度、3度と続いた。
家計の管理にも支障が出た。光熱費の支払いが滞り、財布や通帳の置き場所を忘れ、「あなたが取ったの!」と夫に詰め寄った。
2004年夏、よし子さんは病院で、脳の画像診断や、品物の名前を記憶するテストなどを受けた。「初期のアルツハイマー病」と診断された。
治療薬「塩酸ドネペジル」(アリセプト)が処方された。進行を数か月遅らせる効果があるという。だが、神経細胞の破壊は徐々に進み、特効薬ではない。
義勝さんは認知症の本を読みあさり、今後、病気の進行で直面する過酷な現実を想像し、動揺した。対照的に、よし子さんは告知後も落ち着いていた。「頭の病気といっても、別に痛くないし、お医者さんに任せるしかないですから」
よし子さんの症状に大きな変化はない。だが、もう一つの告知を巡り、夫婦は苦しんだ。
夫婦には、カラオケで知り合った同世代の仲間がいる。月に数回は10人前後でカラオケに繰り出す。気心の知れた仲間は、夫婦の宝物だった。
しかし、よし子さんは仲間との約束を忘れるようになった。「ぼけちゃったんじゃないか」。親しい間柄だからこそ、言葉がきつくなる。義勝さんは「軽い脳こうそくで物忘れが出る」などとごまかした。
なぜ病名を言えなかったのか。義勝さんは「妻はまだしっかりしている。それなのに、病名を言えば、何を言ってもだめな人とレッテルを張られ、見放されるのが怖かったんです」。台所でお茶の支度をしていたよし子さんがうなずいた。
夫婦は、仲間との交流を避けるようになった。だが社交的な二人には、周囲に壁を巡らす生活は耐え難い。診断から1年、久しぶりに参加したカラオケ会で、義勝さんは独断で、妻の病気を打ち明けた。仲間たちは、言葉を失った。
帰宅してすぐ、よし子さんは義勝さんの胸をたたき、叫んだ。
「何で言ったのよ。何で!」。涙があふれていた。
仲間を失うか、取り戻すか、一か八かの賭けだった。夫婦は抱き合い、泣いた。
アルツハイマー病の治療薬 初期と中期に使われる塩酸ドネペジルは、記憶に欠かせない神経伝達物質を増やし、進行を遅らせる。初期には、より効果的とされる。このほか、異常なたんぱく質ベータアミロイドの沈着を抑える抗体を作るワクチン療法や、消炎鎮痛剤を用いる方法などが研究されている。
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