若年性認知症 気軽に通える施設欲しい

2005年 07月 04日 (月) | Category : 認知症

わが国の高齢者介護は、1963年に老人福祉法が制定された以降、70年代の老人医療費の無料化、80年代の老人保健法の制定、90年代の福祉8法の改正・ゴールドプランの制定など、人口の急速な高齢化が進む中で、時代の要請に応えながら発展してきた。

2000年4月から実施された介護保険制度は、措置から契約への移行、選択と権利の保障、保健・医療・福祉サービスの一体的提供など、わが国の高齢者介護の歴史においても時代を画す改革であり、介護保険制度の導入によって高齢者介護のあり方は大きく変容しつつある。

わが国の平均寿命は世界でも最高水準となった。高齢期は今や誰もが迎えると言ってよい時代となっており、また、高齢者となってからの人生も長い。その長い高齢期をどのように過ごすのかは、個人にとっても社会にとっても極めて大きな課題となっている。

人生の最期まで、個人として尊重され、その人らしく暮らしていくことは誰もが望むものである。このことは、介護が必要となった場合でも同じである。

そうした思いに応えるためには、自分の人生を自分で決め、また、周囲からも個人として尊重される社会、すなわち、尊厳を保持して生活を送ることができる社会を構築していくことが必要である。また、高齢者介護においても、日常生活における身体的な自立の支援だけではなく、精神的な自立を維持し、高齢者自身が尊厳を保つことができるようなサービスが提供される必要がある。

介護保険は、高齢者が介護を必要とすることとなっても、自分の持てる力を活用して自立して生活することを支援する「自立支援」を目指すものであるが、その根底にあるのは「尊厳の保持」である。

今、私たちの直面する高齢者介護の課題をとりあげたい。

働き盛りなのに物忘れ、幻覚……離職で行き場失う


働き盛りなのに物忘れが激しくなり、社会生活を営むのが困難になる「若年性認知症(痴呆(ほう))」。認知症は高齢者の病と思われがちだが、若くして発症すると一般的に進行が早いとされ、家計への打撃も大きい。ところが、医師も含めて周囲の理解は不十分で、受け入れ施設も少なく、本人や家族の苦悩は深い。(渕ノ上将孝)


家族の会で励まし合い


6月上旬。福岡市の中心部にあるビルの一室で、若年性認知症患者の家族7人が顔を合わせた。


49歳で発症した夫(55)を持つ女性は、これまで、2か所の介護施設で入所を断られたという。高齢者に比べて体力があるため、徘徊(はいかい)などをした時に止めるのが難しい、というのが施設側の理由だ。


3月20日、震度6弱の揺れに見舞われた福岡県西方沖地震の時は、家が大きく揺れる中で夫を抱きしめた。「お父さん、今、地震やったんよ」と話しかけても、「ふん」とつぶやくだけ。揺れを認識できていないようだった。


会社員だった夫は、発症後1年で勤めを辞めた。女性はパートの仕事で家計を支えているが、夫の病状が悪い日は休まなければならないのが現実だ。


30歳代の女性も口を開いた。8年前、ふさぎ込むことが多くなった当時54歳の母親を病院の精神科に連れて行った。「うつ病ですね。絶対、治らない」。ぶしつけな言葉を返した医師は、認知症の初期症状を見抜けなかった。


別の総合病院では担当医がすぐに転勤してしまい、後任の医師への引き継ぎもなかった。納得のいく治療を受けられないまま、病状は進行し、今では排せつの仕方さえわからない。「あの人が私を見ている」と幻覚を訴えるようになり、家族は夜も気が休まらない日が続く。「もう途方に暮れて……」。涙であとは言葉にならなかった。


家族たちの会合は、「呆(ぼ)け老人をかかえる家族の会」福岡県支部の呼びかけで、4か月ごとに開かれている。世話人の岩切裕子さん(71)は、「同じ境遇の人が語り合うことで、みんな苦労しているんだから自分も頑張ろう、という気になれる。症状の進み具合を把握して、今後どうなっていくのかの心構えもできる」と話す。


社会活動進行予防に


若くして発症した場合は、高齢者ばかりの介護施設へ通うのをためらう人が少なくない。そんな中、福岡市の施設の取り組みが注目を集めている。


九州一の繁華街・天神のオフィスビル内にあるデイサービスセンター「天神オアシスクラブ」。室内から和やかな笑い声が聞こえてくる。50歳代から、上は90歳代まで、主に要介護1、2の軽度の認知症患者約30人が集まっている。


毎週1回、エアロビクスを改良した「ケアビクス」や音楽、陶芸、はがき絵、造形教室、それに足裏療法などを行っている。介護保険の適用施設だが、入浴サービスはなく、むしろカルチャー教室の雰囲気に近い。


「今までは、若い人や、症状が軽い人たちが気軽に通える『一歩手前』の施設がなかった。プライドが高い人ほど『あんな年寄りの行く所はいやだ』と思いがち。行き場を見つけてあげることが必要です」と施設長の中島七海さん(55)が語る。


47歳で発症した越智俊二さん(58)が描くタンポポの絵は、クラブのパンフレットの表紙を飾るほどの腕前だ。中には、数日通っただけで表情が明るくなる人もいる。


日本社会事業大学の今井幸充(ゆきみち)教授(精神医学)は、「若くして発症した男性の場合、仕事を離れると自宅にこもりがちで、結果として進行を早めてしまう傾向がある。完治は難しくても、進行を抑えるのは可能だ。知的活動や社会行事に加わると予防的な効果が期待できる」と指摘する。


読売新聞
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